2015年2月の尿管結石で苦しんだ事件のその後のお話です。
排出後、病院にて再診してもらい、「とりあえず落ち着きましたね」と言われましたが、この病気は5年以内に再発する人が半数程度いるそうです。 しかし、この疼くような痛みを今後も味わいたいとは思いませんし、その為には生活習慣の改善が必要ということで、記録もかねて考えたことなどをここに書き残しておこうと思います。
2015年に日記調で書いていましたが、時間が経った(2019.8.22)ので加筆修正しました。
タイムライン
まずは発症から排出までのタイムラインをまとめておきます。
2014年12月末: なんだかお腹が痛い時があった。特に食後に腰の左側が痛い症状があったので、胃が調子悪いのかなと思い内科を受診した。この時は、胃薬と痛み止めを貰って終了した。もらった薬を飲んでいたら痛みはとりあえず収まったので、治った物と思っていた。(※食後に痛み、というのが尿管結石の症状なのかどうなのかは分かりません)
2015年
1月4日(日) またお腹が痛くなった。痛いのは、12月と同じく左側。そして今度はずっと痛い。
1月5日(月) とりあえず痛みは引いた。単に調子が悪かったんだろうと考えていた。ここから1週間は大きな痛みは来なかった。
1月12日(月・成人の日) お昼頃、血尿が出た。この世の終わりのような感情に襲われてしまった。
1月13日(火) 泌尿器科内科を受診した。尿検査の結果、「赤血球が多めですね」と言われた。しかし、この日はその後あまり時間がなかったため、エコー検査を金曜日に予約をして帰った。とりあえず、対処的措置として体内の血管の出血を止めるための止血剤を処方された。
1月14日(水) お昼過ぎから左の脇腹がずっと痛かった(疼く感じ)。悶絶するほどとは言わないがずっと痛い。どうしても外せない用事などがあったので、痛みをこらえつつ用を済ませた。
途中でどうしても気になり、Googleで「左脇腹 鈍痛」と検索したら「尿管結石の疑いがある」という記事を見た。この時に初めて尿管結石を意識し、12日の血尿もこれが原因かと自分の中では勝手に話をつなげてしまった。
翌日まで我慢してから病院に行こうと考えていたものの、夜に大学から帰るときにとにかく痛かったため、13日(火)に行った泌尿器科に連絡した。電話で「左脇腹が痛いんです」といったら先生も「尿管結石の可能性がありますね」といって、僕の住所を調べてくれて、近くの大学病院の夜間外来を勧めてくれた。
紹介された大学病院に電話をしてから行ったところ、この日は偶然にも泌尿器科の先生が当直だったため、すぐに診てもらえた。レントゲンを撮ったが、「腸にどうもガスがたまってるのと、腎臓が荒れてますいね」と言われる程度でその他はわからなかったので、人生初のCTスキャンを撮った。もう殆ど膀胱に近いところにきていたみたいだけど、6mm程度の石があったとのこと。排斥を促進する薬(←どの程度効果があるものなのかはわからない)と痛み止め(座薬)を貰って帰宅した。痛み止めのおかげでかなり楽になった。
1月19日(月) 再診。レントゲンではやはり石は見えなかったが、これまでのところ排石の感じは無かったので、引き続き水をよく飲むよう指示されたのみだった。
1月20日(火) お昼頃、トイレで出している途中(小)でなんだか一瞬詰まる感じがした(よく見ていなかった)。その後見てみても石っぽい物が出てきた形跡は見つけられなかったが、あのときにやっぱり出てきたのかもと勝手に思った。この後もとくに何も感じてない。
2月2日(月) 再々診。やはりレントゲンでは見えなかった。「もう出てしまったしまったのでは?」と言われ、これにて通院も終了となった。
以上のような感じです。尿管結石を意識してから排出までは短かったものの、疼くような痛みは結構長い間感じていたようです。
この事件以後の生活
とりあえずこの一件以降、とにかく水を多く飲むよう意識しています。また、塩分を極力控えめにしたり、カフェインも取り過ぎないように心がけるようになりました。 その他、夕食は少なめにし、寝るまでは4時間以上空ける生活をするようにしています。
気にしすぎない(神経質になりすぎない)程度に生活を改善して、健康的に生きていきたいと思います。
2019.8.22追記
これから4年が経ちましたが、特に再発はしていません。しかし、結構ストレスがたまっていたり、仕事から帰宅後、家でご飯を作る気になれなくて外食やコンビニ弁当・カップラーメンで済ませることが増えてしまったりと、色々とよくない生活をしています。
転職もしますし、しばらくは落ち着かない生活が続きそうですが、石が排出されたあとのようにもう少し細かいことを気にしながら生活していかないといけないと感じています。