会社にはいってから1年と少々がすぎた。
大学院生の頃にやっていた計算化学からは配属の関係で不幸にも離れてしまったのだが、この間にも有給をとって学会に行ったりと、科学研究への興味は尽きなかった。 サラリーマンというある意味での安全地帯から、いくつかの分野をつまみ食いしてみたこの1年間の興味の変遷を書いておきたい。
化学工学
入った会社では、プラントでの技術部門に配属されたため、まずは化学工学を勉強した。 自分にとって初めて「工学」と名のついた分野の勉強をした気がする。 ここで感じたのは、化学工学はプラントや反応器設計の指針を提供はしてくれるが、それは「答え」ではなく、あくまで「指針」でしかないこと。 実際には、ここで出て来た値を元に、実験したり数値を補正したりしてプラントは作られている。 そのほかにも、法令に縛られていたりなど、化学工学は非常に色々な側面を併せ持っていて、これはこれで非常に奥が深いことがよくわかった(詳しくなったとは言っていない)。
量子力学
僕は大学院生時代、量子化学計算を専門にやっていたが、実際のところは優秀なソフトウェアが存在するおかげで中身の理解が正直なところ非常に危うかった(と思っている)。 そこで、基礎となる量子力学を勉強しなおしてみることにした。
まず読んだのがファインマンの量子力学。物理をやる人なら必ず知っている有名な本だ。 今まで原子・分子の電子状態計算しか知らなかった自分にとって、この本の「アンモニア・メーザー」の章にある二状態系の議論など、量子力学が「状態」とそれらの相互作用を定義してやることで本来はもっと豊かな内容を記述できるものであることを今更ながら知った。
次に読んだのが、「新版 量子論の基礎」。 多くの本は量子力学の黎明期の頃の歴史的なところを紹介しながらシュレーディンガー方程式へと行き着く流れだが、現代の量子論の置いている基礎部分に数学的なところを含めてフォーカスしている。 多くの人が同様の感想を持っていると思うが、一通りのことを学んでからこの本を読むと頭の整理になった。
量子コンピュータ(少しだけ)
一時期興味を持って、量子コンピュータ関連の本も読んでみていた。しかし、途中で量子情報アルゴリズムよりも量子もつれの実現方法、あるいは量子現象を見いだすことのできる(量子ビットとなりうる)物質などといった、より物理的な方面に興味がシフトしていき、それ以降は量子情報の勉強はそれほどしていない。
量子工学・開放量子系
最近、量子光学や開放量子系といった分野に興味を持って来ている。
とはいえ、別に量子コンピュータの量子ビットの研究に強く惹かれている、というわけではなく、むしろ環境との相互作用がある系の量子性の維持やデコヒーレンスなどに興味がある。
そのきっかけになったのが、「量子力学で生命の謎を解く」という本。近年、生物系のような非常に込み入ったシステムでも量子現象が見出されることが指摘されている。一般的に、固体物理などの分野で出てくる物質は、非常に高いエネルギーをかけて作られた結晶性の高い均一な物質である。しかし、その真反対に位置するような生体分子に置いても量子的重ね合わせなどといった現象が発見されたのは非常に興味深い。ここから、自分の現在の興味が湧いたと思っている。
こうして、現在は環境との相互作用やそれに伴う量子のデコヒーレンスといった現象の理解にとても興味を持って見ている。
こうしてみると、学問の世界も広いなぁと(他人事みたいだけど)改めて思う。 僕は理論を勉強して、計算機でモデルを組んで注目する系の性質を弄って遊んで見るというのが好きなのだが、これらの理論がどのような系で実際に見出されるか、というのは然るべき観測装置を以って実験をしてみないとわからない。 今の興味はこの境界のようなところにあって、興味深く今後も見ていきたいと思う。