重箱の隅を優しくつつく

博士号取得後、化学企業で働いています。科学(物理化学)、プログラミング、読書、自転車などが好きです。

「人工光合成の研究」は何を研究しているのか

現在、「人工光合成」と呼ばれる分野の研究が、多くの研究者や企業によって行われています。研究機関のプレスリリースや新聞(化学工業日報など)でも、「効率の良い触媒が開発された」といった記事をみることもよくあります。

しかし、一口に「人工光合成」と言っても細かく見れば複数の研究分野があり、これらはそれぞれで異なるコミュニティを形成しています*1。そこで、この記事では「人工光合成研究では実際のところ何を研究しているのか」「その凄さはどう評価されるのか」ということを大雑把にまとめてみたいと思います。

まずは植物の光合成について

そもそも、「人工光合成」というくらいですから、結局のところは常に植物の「光合成」がモデルなわけです。 植物の光合成は何をする反応かというと、大雑把には以下の二つを作り出す反応です。

もちろん、これらは植物の中では独立に起こっているわけではなくて、光の捕集から始まる一連の流れがあることに留意する必要があります。

人工光合成とは何をする技術か

人工光合成の研究は、上記に述べた植物の反応を模倣するシステムやそれに用いる触媒を開発することを目指すものです。 ただし、上記の反応をそのまま模倣することは難しく、実際には以下のようになっているのが実情です。

水を分解する触媒の研究

まず、水を分解する方の研究は、「光・もしくは可視光相当のエネルギーを用いて水を分解するための触媒」がターゲットです。 これには主に「電気分解」と「光触媒」の二つのアプローチがあります。

光触媒

これは、「水や電解液に浸した状況で光をあてると、表面で水の分解がおこる触媒」の開発を目指すものです。

そもそもの発端は、本多-藤嶋効果が1967年に発見されたことでした。 この時は植物が用いる可視光ではなく紫外線を必要としましたが、これをきっかけに可視光での水分解が可能な触媒の研究が広く行われました。

このアプローチは、触媒が担う機能が多いこと(光による励起+水の分解)や、水を分解した時にできる水素と酸素を空間的に分けるよう工夫する必要があることが特徴です。

電気分解

水の電気分解を小学校で習ったと思います。真水に電極を浸して電気を流してやると、片方の電極の付近からは酸素が、もう片方からは水素がブクブクと出てきます。この反応を進めるにはある程度以上の電圧の電気を流してやる必要があり、この「ある程度の電圧」*2は、用いる触媒によって変化します。

電気分解によるアプローチは、(光のエネルギーの捕集はとりあえず太陽電池なり何か他のものに任せるとして)水分解反応に集中し、この最適化を目指すものです。

二酸化炭素から糖をつくる反応の研究

植物は二酸化炭素から糖を作り出していますが、実際のところはこれをそのまま模倣するのは極めて難易度が高いと言えます。その理由は、二酸化炭素は炭素を一つしか含まないのに対して、糖(グルコース)は炭素を6個含む化合物で、反応が極めて多段階になり複雑であるためです。

そのような理由から、こちらの方面の研究は、二酸化炭素からメタノール(CH3OH)やエタノール(C2H5OH)、ギ酸(HCHO)などに変換するための触媒を研究する例が多いです。

触媒の良し悪しはどう評価されるのか

現在では単に上記の反応が可能な触媒を見つけたら終わりというのではなく、工業化にとって「有用な」触媒かどうかが重要な評価視点となっています。何を持って有用かというと、代表的なものとしては下記の点が挙げられます。

  • 触媒の効率がよい(反応が早い・反応のために外部からかけるエネルギーが少ない)

  • 触媒の寿命が長い

  • 安価・触媒自身の環境負荷が少ない

最後の「安価」というのは、触媒の構成元素に強く関わりがあります。従来、電気分解などの触媒には白金などの貴金属が使われていました。これは、触媒自身の酸化が起きにくいという理由によるものです。もし白金のような地球上に埋蔵量の比較的少ない金属の代わりに、鉄を始めとする埋蔵量の比較的多い金属を使うことができたら、大規模化や工業化が可能となるわけです。

最後に

この記事では、人工光合成技術でどのような反応を取り扱っているかを極めて大雑把にまとめて見ました。

上記では触れませんでしたが、同じ目的の反応でも触媒の設計指針(骨格)や主要構成元素などは極めて多様なものが研究されており、これらはそのまま研究者や研究室の個性にも繋がっています。 また、それぞれに異なる技術の蓄積があるという点で重要な基礎研究であることも否定できません。

私は理論・シミュレーションの面から水分解触媒の物性についての研究を過去に行なっていましたが、触媒の分野は「実験して見ないとわからない」側面が強い分野でもあり、今後もその動向を注視していきたいと思います。

本の紹介

下記に、一般書と専門書を1冊ずつ載せて起きます。

*1:主観です。また、これらに横断的に関わっている研究者・研究室も多数あります

*2:過電圧と呼びます